大阪不動産マーケティング協議会 事務局 tel.06-6253-8229

格差時代の住宅マーケティング

有限会社市場開発研究所
代表取締役 李 健三

[ はじめに ]

 第3回不動産と人権セミナーにも多数の来場を頂き誠に有難うございました。まだまだ不十分な面はあるかと思いますが、徐々に運営にも馴れ、内容も充実してきたと考えています。実際、肯定的評価も多く頂戴しました。大変有難く考えますとともに、より以上の拡充を図っていく所存です。

さて、今回からは近畿圏のマンション需要の縮小要因の考察です。具体的には住宅マーケティングの実務上にも見える格差の問題です。

図3-①

図2-1

資料:厚生労働省
「所得再分配調査」
(クリックで拡大)

[ 多方面に発生・波及する格差 ]

  ジニ係数は所得配分の不平等さを図る指数としてよく用いられ、0に近いほど平等、1に近いほど不平等であることを示すそうです。
  図3-①は日本のジニ係数(再配分後)の推移を所得再分配調査より見たものです。81年には0.314であったのが99年以降は0.38前後へと上昇していることが確認されます。他の調査におけるジニ係数(全国消費実態調査など)でも(値としてはこの調査より小さいが)上昇傾向にあり、やはり格差は拡大していると考えられます。ジニ係数の上昇は高齢化による見かけ上のものとの説もありますが、私共は実際の不動産マーケティングの実務に従事する中で、格差の拡大を実感して来ました。また、格差は単に所得格差(貧富差)にとどまらず(それを始発の一つとしながらも)、様々な方面に現れています。列挙すれば以下の通りです。

1.所得格差

  今回の2万戸市場突入以前の低水準在庫時期(在庫4000戸未満)は概ね05年3月~06年9月ですが、ちょうどこの頃に高額物件の売行きが目立って良くなります。これに対し、同じ時期より大衆物件の売行きの悪さが目立ち始めます。売れ行きは個別物件の価格力・立地力など影響するところ大ではありますが、富裕層の購買力上昇と大衆層の購買力低下も背景要因と考えられます。

2.中央と地方の格差

  特に大阪の場合、本社(機能)の東京移転という点を身近にしています。「東京に次ぐ第2の都市はどこかと聞くと日本は『大阪』と即座に答えが出てきます」。「このように答えが決まっている国は、他にはありません」(注1)という指摘も聞きますが、その第2の都市の1人当り県民所得は00年度より全国平均をも下回っています(注2)。

  また、大阪以上に他の地方圏の市場力低下も著しいものがあります。実際の業務上の経験から言えば、時折宿題で出て来る「首都圏の事例」などを見ると、大阪とのマーケット規模の格差に愕然とします(正直90年代半ば以前は愕然とはしなかった)。一方で用地難となった05~07年頃に地方圏の仕事を頂くことが若干増えました。かつて調査したことのある市場に再訪すると、大阪以上“さびれ”を実感しました。

3.梅田とそれ以外の格差

  全国的に見た中央と地方の格差と同じような状況が大阪都心では梅田とそれ以外の格差で現れていると感じます。ターミナルとしての規模・小売販売額などの商業規模、そしてより端的に現れているのが梅田とそれ以外のビジネスゾーンの格差です。梅田と堂島・中之島が高賃料・高稼働率であるのに対し、他のビジネスゾーンの衰退が最近になるにつれ目立っています(図3-②・③)。これら都心内の格差がマンション相場に与える影響もまた大である点が指摘できます(しかも梅田・堂島・中之島といえども賃料低下・空室率上昇が見られます。低下しながらの格差拡大です)。

  尚、大阪都心内だけでなく、梅田都心と三宮都心の格差も拡大していると見られ、これが三宮以東のマンション市況の不活性要因の一つと思われます。

4.地域格差

  エリアマーケティングを発想する私達が最も痛感しているのがこの地域格差です。中央と地方ではなく、大都市圏内(大阪圏内)の地区(都市)間格差と申し上げてもよいと思います。1でも指摘しましたが、大衆層が中心の都市ほど住民の経済力の低下が著しく、彼等をターゲットとした物件が(好調な富裕層向け物件に反し)苦戦するケースが目立ちました。 この点については後に記します。

図3-②・図3-③

図3-2・3-2

資料:IDSS不動産白書
(※OBP除く)
(クリックで拡大)

5.業種・企業規模による格差

  地域間格差拡大の背景の一つに業種間の格差があります。成長業種と斜陽業種。製造業とサービス業。或いは中小企業と大企業など。特にそれまで中小零細の製造業が多かった都市のマンション販売の悪化が目立ちます。

  4(や3)と絡め、都心勤務率はマーケットを見る重視点になっていると考えます。これはブルーカラーとホワイトカラーの格差拡大と絡んでいます。数字面では次回以降で明らかにします。

図3-④

図3-4

資料:住宅土地統計調査
(クリックで拡大)

6.雇用形態・学歴・学力など

  正規雇用が減り、非正規雇用に置き換えられれば、長期ローンを組んで購入するマンション需要者の潜在量が低下するのは当然といえます。一方、学歴による所得格差も拡大しています(注3)。また、非正規雇用者は若年の非高等教育卒業者に多く(注4)、学歴はマーケットを分析する上での重要な指標になっているといえます。

  先日の第3回セミナーでご報告しました通り、所得格差の拡大に伴い地域間の学力格差も拡大しています。セミナー後のアンケートでも資料のご要望がありましたので、近い機会に住宅マーケティングの視点から学力問題を論じたいと考えています。

  このように格差は構造的問題であり、多方面に発生・波及をしています。今日の需要減少・市場規模縮小も格差の 拡大という構造的問題を抜きには語れません。とりわけエリアマーケティングを発想する際には、地域構造を理解 しながら進めることが不可欠といえます。

[ 都心への転出が加速。高級住宅地へも転出している可能性大 ]

  さて、住宅マーケティングにとって接点の多い地域格差の実態をデータを用いて見てみましょう。前回のレポートで記しました通り、給与は97年をピークに減り続けています(図2-⑤)。これに伴って中所得以上の世帯も当然に減少しています。世帯全体は98年から08年にかけて、9ポイント増加していますが、中所得以上といえる年収500万円以上世帯は逆に13ポイント減少しています。更に、マンション購入者のメインである年収400万円以上借家世帯は26ポイントもの減少です(図3-④)。

図3-⑤

図3-5

資料:住宅土地統計調査
(クリックで拡大)

  これらを主要マンション供給地域の都市ごとに見てみたのが図3-⑤です。横軸に年収500万円以上世帯の増減率(08/03)を、縦軸には98年の年収500万円以上の世帯シェアを置いています。

  年収500万円以上世帯は近畿圏全体で13%も減っているわけですから、大半の都市で減少しています。大阪では需要ポテンシャルが最も高い地域として知られる北摂も例外ではなく減少しています。

  こういった中で中所得以上世帯の増加が最も著しいのが都心区です(散布図の右下Aのゾーン。特に大阪都心区の中で率が高い)。都心区は住宅市区より単身者の割合も高い為、中所得以上のシェアは高くはありませんでしたが、この10年でこの層の大量の転入があったことが確認できます。

  同じ様に中所得以上世帯が増加が見られ、かつ元々この層の比率が高かった散布図右上Bのゾーンで目立つのが西宮市・芦屋市・東灘区など、近畿圏最高級地を要する阪神間です。この10年の間に中所得以上層が都心の超高層マンション(や一部は阪神間の高級住宅地マンション)に住み替えた姿を垣間見ることができます。

  反対に、中所得以上層の減少が目立って大きかったのは、元々のこの層の比率が高かったゾーン(散布図のCのゾーン)では京阪地域の主要都市が、この層の比率が低かったゾーン(散布図のDのゾーン)では大阪市の下町区が挙げられます。前者の地域のこの10数年の売れ行きの低迷要因の一つにポテンシャル低下があったといえるわけです。

[ 大型P.Jは広域動員力がより以上重要になる ]

  全般にポテンシャルが低下しながら、地域間の格差が拡大しているというのが現在のマーケットの大きな特徴です。地域構造の変化により、不動産マーケティングにとって重要だった経験則に頼れなくなったことに要注意です。今現在はどの地域の物件であれ、需要不足にどう対処するかが課題です。どの地域でも潜在需要量が減少しているならば、規模の大きなP.Jは従来以上に広域動員が必要になります。
それを可能にするのが都心・駅前といった立地条件、或いは価格・面積などの商品条件になるかと思われます。特に所得低下・共働き主流化という中で、利便地であることは広域動員を可能とする最も重要な条件であると思われます。ちなみに大阪市の都心区はこの5年間でも年間7000もの世帯増加が認められます(図3-⑥)。特にこの5年は分譲マンションの竣工数が減少しながら世帯増であり、ここに現在の需要性向の典型が見られます。

図3-⑥

図3-6

資料:住民基本台帳調査
/弊社データ
(クリックで拡大)

  さて、いよいよ消費税率が上る様です。消費税率上昇がマンション市場にどういった影響を与えるのか-、というテーマもかなり頂く様になりました。そこで次回は税金と不動産について、マーケティングしていたいと思います。

(注1) 橘木俊詔 浜 矩子「成熟ニッポン、もう経済成長はいらない」(2011年 朝日新書)より
(注2)内閣府「県民経済計算年報」より
(注3)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」など
(注4)労働政策研究・研修機構「若者のワークスタイル調査」など

本稿の無断転載を禁じます。 尚、本稿の意見部分は執筆者の見解であり、大阪不動産マーケティング協議会の見解ではありません。

Copyright © 2012 大阪不動産マーケティング協議会. All Rights Reserved.